1. ERISEについて

所長
前田 充浩
Prof.
Mitsuhiro MAEDA

経営倫理研究所(ERISE)は、東京都立産業技術大学院大学(Advanced Institute of Industrial Technology:AIIT)のOPI(Open Institute)の1つとしてAIIT内に設立されている研究所です。

今日、私達人類は、近代化の大きな波の中を生きています。近代化は、1 度限りの現象ではなく、繰り返し、 繰り返し、より強く、より洗練された形で重なり合って(再帰的、reflexive)進みます。21 世紀の世界の在り方を決定しているグローバリゼーション、今日先鋭化しつつある大国間の競争/対立等の動きも、この近代化の現時点における現れ方です。

21 世紀初頭の今日は、近代化のうねり自体が急速に変化している時期です。だからこそ、全ての組織、制度にとっては、今後の近代化のうねりの方向性を正しく捉えることが不可欠な課題であると言えます。それを捉え損ねると、正しいと思ってやっていることが、あっという間に時代遅れになって活動が徒労に終わるだけならばともかく、今日の世界情勢を見ると、社会システムの存亡に関わることとなります。

このように、時代の方向性に適するように自らの行動を律する指針こそが「倫理」であり、組織にとってのそのような指針が「経営倫理」です。一般的にはSocial Philosophyと呼ばれるものです。 では、近代化のうねりそのものは、どのようにすれば捉えられ、適切な経営倫理(Social Philosophy)を得ることができるのでしょうか。

この問題に取り組むのが、経営倫理研究所(以下、ERISE)です。

ERISEは、Social Philosophyの問題に取り組むに当たって、21世紀に日本が生み出した新しい社会科学である情報社会学(Infosocionomics)、特にその中の情報社会学近代化モデルに立脚します。なお、情報社会学の中で情報社会学近代化モデルに立脚して情報社会構築(Informatized Society Building)等の各種の政策的課題に対応していくための研究の枠組みは、情報社会学から独立した「応用情報社会学(Applied Infosocionomics)」と呼ばれます。ERISEは、応用情報社会学の世界学会(世界応用情報社会学会(Global Society of Applied Infosocionomics))の事務局を務め、世界の研究拠点になっております。

情報社会学は、2000年に日本の社会科学者、公文俊平(Prof. Dr. Shumpei Kumon)が開始した、情報化、DX等が進展する世界を捉えるための新しい研究の枠組みです。応用情報社会学はそれを政策的に活用するために発展させたものであり、情報社会学の創始者である公文俊平は世界応用情報社会学会の会長を務めています(ERISE所長の前田充浩は世界応用情報社会学会副会長。)。

情報社会学近代化モデルは、近代化を、国家化、産業化及び情報化(智識化)の3つの局面で捉えます。今日の世界の動きは、全てが国家化、産業化及び情報化(智識化)の動きの重畳(super-imposition)、すなわち重ね合わせとしてとして捉えられます。国家化とは、権力が欲しいという政治の動きであり、産業化とは、カネが欲しいという経済の動きであり、情報化(智識化)とは、新たな価値、叡智を創造していきたいという叡智の動きです。ERISEは、従来の研究所とは異なり、この叡智の動きをも含めて近代化を捉えていくことに特徴があります。英語名を、‘Epistemic’Research Institute としているのは、このことを表します。因みに、‘Economic’ Research Institute というのは、経済の動きだけ、即ち叡智の動きは分析の対象外であることを意味します。

ERISE は、第3新近代(The Third Modernity)及び文明多様性(Civilizational Diversity)という思想に立脚し、明確な未来のビジョンを持ちます。

第1近代とは、ヨーロッパを中心とする一部の国々(先進国)だけしか近代化はできない、とする考え方です。驚くことに、世界の中には、「白人至上主義」として、未だにこの考えに取り付かれたままの人々が少なからず存在します。

第2近代とは、先進国と、それに加えて選ばれた僅かな数の優等生の発展途上国だけが近代化できる、とする考え方です。ヨーロッパだけではなく、アジア/アフリカの発展途上国にも近代化の門戸は開かれてはいるものの、全ての発展途上国、というわけにはいかず、厳しい課題を乗り越えた僅かな優等生だけだ、ということです。この考え方は近年まで趨勢であり、現在でも多数派であると言えます。1989 年に発表されたワシントン・コンセンサスは、発展途上国が優等生になるための手引きであり、2000 年に国際連合総会で採択された MDGs(Millennium Development Goals)もこの考え方に立脚しています。

これに対して第3新近代とは、ヨーロッパとアジア/アフリカの区別、先進国と発展途上国の区別なく、地球上の全ての社会が猛然と近代化を進めることができる、とする考え方です。2015年にMDGs の後継目標として採択され、みなさまよく御存知のSDGs (Sustainable Development Goals)は「No One Left Behind」(誰も置いてきぼりにしない)をスローガンにしていることから分かるように、この考え方に立ちます。

第3新近代の時代には、アジア/アフリカの社会に大きなチャンスがもたらされます。今日では世界の中で貧困国とされている国であっても、今後僅か数十年間のうちに世界最先端の情報社会構築を進めて世界をリードする立場に立つことは、十分に可能なのです。

応用情報社会学ではこのことを「マルチチュード効果」と呼びます。マルチチュードとは、もともとはアントニオ・ネグリとマイケル・ハートが提示した世界システム論の用語ですが、応用情報社会学はこの言葉を使って、先進国は古い技術の時代にできあがった色々なしがらみ、利権構造の網(これを、「既得権益の罠(Incumbent Trap)」と呼びます。)があるために、新しい技術(「破壊的技術:disruptive technology」)が出てきてもそれを採用することができないのに対して、発展途上国ではそのようなものがないために思う存分新しい技術を採用できるので、結果として新しい社会構築が一気に進む、というメカニズムを説明します。

因みに、今回のコロナ騒動を巡って明らかになった日本社会のデジタル化(情報社会構築)のとんでもない遅れは、この理論を証明しています。先進国のつもりだった日本で、何でここまで酷いことになっているのか!?答えは明確で、日本の社会制度はデジタル技術が登場する前に完成しており、今更新しいデジタル技術に基づいて社会制度を変革しようとすると、多くの人々の利権を破壊するので迷惑極まりない、と猛烈な抵抗が生まれるのです。

このような日本の惨状とは対照的に、発展途上国、特に貧困国には大きなチャンスが目の前に開けています。さて数十年後の世界の序列はどうなっているでしょうか。

ERISE は、以上のような考え方に則って、アジア/アフリカの大学/政府関係機関等との協働研究を進めています。

日本は「進んで」おり、発展途上国は「遅れて」いるため、可哀そうだから助けてあげる、というような発想の人間は、ERISEには一人もいません。そうではなく、現下の発展途上国は、適切な発展戦略を採ることにより、冗談抜きで世界最先端の情報社会構築を進めることが出来るので、その発展戦略を一緒になって研究するのです。アジア/アフリカで成功を収める発展戦略を構築することが出来れば、翻ってそれは、情報社会構築においてここまで遅れてしまった日本社会にとっても有益な知見が得られることでしょう。

ともに第3新近代を生きる者として、みなさまの御支援を心よりお願い申し上げます。

なお、応用情報社会学について詳しくお知りになりたい方は、以下の教科書がお求めいただけます。日本語版(円で購入)と英語版(米ドル、ユーロ、英ポンドで購入)があります。

・(日本語)公文俊平+前田充浩『応用情報社会学-発展途上国における情報社会構築の指南書』、ERISE出版、2021年。
・(英語)Shumpei KUMON+Mitsuhiro MAEDA‘Applied Infosocionomics – A Manifesto of Informatized Society Building in Developing Economies’, ERISE Press, 2021

目下ERISE の活動の中核は、目下、アフリカ、中央アジア及びASEAN となっております。

(アフリカ)

アフリカ諸国との間では、以下の協働研究/協働事業を推進しています。

ERISE は、アフリカ側(南部アフリカ開発共同体開発銀行協会(SADC-dfrc)、南部アフリカ開発銀行(DBSA)等)と協働して、21世紀アフリカに適した国家の発展戦略の構築に取り組んでいます。この作業は、2013 年に横浜で開催された TICAD(アフリカ開発会議)の際に両者で取り組みを合意し、2015 年にはAIIT でワークショップを開催し、それらの成果をERISE 所長前田充浩は2016 年8 月にナイロビで開催されたTICAD のサイド・イベント・セミナーにおいて報告を行いました。さらに2016年11月、ハボロネ(ボツワナ)で開催された、ボツワナ建国50 周年記念世界DFI(Development Finance Institutions:開発金融機関)総裁会合において、主催者代表H.E. Patrick Dlamini 南部アフリカ開発銀行総裁は、そのような研究に取り組む世界の中での数少ない研究者としてERISE所長前田充浩を紹介しました。2019年3 月には、ハボロネにおいてSADC-dfrc、中小企業振興公社(Local Enterprise Authority)等との協議を進め、エスワティニにおいてエスワティニ大学等と、ハルツームにおいてスーダン科学技術大学等と共催セミナーを開催しました。さらに2021年には、南アフリカのEkurhuleni Artisans and Skills Development Collegeとの協働プロジェクトを開始し、南アフリカだけではなく、応用情報社会学に基づき「アフリカ全土の(!)」情報社会建設のイニシアティブを採っていくこととしております。

SADC-dfrc(南部アフリカ開発共同体開発銀行協会)Stuart Kufeni 総裁。(2017年11 月、東
京)

(中央アジア)

中央アジア諸国との間では、以下の協働研究/協働事業を推進しています。

ERISE は 2017 年にキルギス及びカザフスタンを、2019 年にタジキスタン、ウズベキスタン及びキルギスを、2020年にウズベキスタンを訪問し、中央アジア諸国の情報化/産業高度化への協力について協議を行いました。

キルギスH.E. Rosa Otonbaeva 前大統領。(2017年9月、ビシュケク

キルギスでは、2017年9 月にH.E. Rosa Otonbaeva 前大統領と会談し、その命を受けて、キルギス大統領府投資委員会と今後の連携についての MOU を締結しました。この MOU に基づき、2019 年 9月、ERISE 所長前田充浩はキルギス大統領府の招聘により、キルギス産業円卓会議(政府幹部と経済団体トップが一堂に会してキルギスの経済政策を議論するハイレベル会合)において特別講演を行い、それらの業績が評価され、ERISE 所長前田充浩は2019 年10 月、キルギス大統領府顧問に任命されました。2020 年、ERISEは、キルギス大統領府投資委員会のTalaibekKochumanov 事務局長をERISE リサーチ・フェローに迎え、爾後、キルギス共和国との協働研究を強力に推進しています。

キルギス共和国大統領府投資委員会との MOU 締結の共同記者会見。先方は Talaibek Koichumanov キルギス共和国大統領府投資委員会事務局長(2017年10 月、ビシュケク)

カザフスタンでは、2017年10 月にアルマトイ電力通信技術大学等と、タジキスタンでは、2019 年5月にタジキスタン工科大学等と、ウズベキスタンでは、2019年6月及び2020年2 月の2度にわたってタシケント情報技術大学等と共催セミナーを開催しました。

(ASEAN)

ERISE は、ASEAN の多くの大学との間で経営倫理、発展戦略等に関する多くのセミナー、ワークショップ、共同研究を実施しています。2017年の設立以来、ASEAN において、同一のテーマで各地の大学との共催セミナーを連続して行う「グローバル・セミナー・キャラバン」(詳しくは、後を御覧ください。)を実施しております。

このようなERISEの活動は幾つかの国々で高く評価されつつあり、例えばカンボジアでは、2017年

12 月に、H.E. Son Koun Thor 首相府大臣より ERISE 所長前田充浩に対して、ERISE の活動を評価し、今後のカンボジア首相府との連携に関する大臣親書が交付されました。現在 ERISE 所長前田充浩は、ダルマプルサダ大学(ジャカルタ)で客員教授、ハノイ経営工科大学(ハノイ)で名誉教授を務め、先方との協働研究を進めております。

H.E. Son Koun Thor 首相府大臣とのワークショップ(カンボジア首相府(写真右)、プノンペン)。
2017 年12 月及び2021 年1 月に開催しました。2017年のワークショップ後、大臣よりERISE 所長前田充浩に対して大臣親書が交付されました。

[所長・前田充浩略歴]

前田充浩は、1962年鳥取県生まれ。1985年に東京大学法学部を卒業後、前田充浩は、日本国政府の官僚と研究者の間のいわゆる「回転ドア」のキャリアを歩みました。

官僚として、内閣官房内閣安全保障室主査、在タイ国日本国大使館一等書記官、経済産業省大臣官房企画官(国際金融担当)、経済産業省資金協力課長等を歴任しました。

研究者として、埼玉大学大学院政策科学研究科准教授、政策研究大学院大学客員教授、英国王立国際問題研究所(チャタムハウス)客員研究員、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)客員研究員、ケンブリッジ大学客員研究員等を経て、2011年より東京都立産業技術大学院大学教授/国際交流室長を務めています。加えて、2015年よりハノイ経営工科大学(ベトナム)名誉教授、2017年よりダルマプルサダ大学(インドネシア)客員教授、2021年より世界応用情報社会学会(Glo-SAI)副会長を務めています。

主な著書には以下があります。

  • 『国益奪還』、アスキー新書、2007年。
  • 『金融植民地を奪取せよ』、プレジデント社、2010年。
  • 『応用情報社会学-発展途上国における情報社会構築の指南書』(公文俊平との共著)、ERISE出版、2021年。
  • 『文明多様性と近代文明の進化-脳機能文明分析に向けて』、ERISE出版、2022年。
  • 『Applied Infosocionomics – A Manifesto of Informatized Society Building in Developing Economies』(co-author with Shumpei Kumon), ERISE Press, 2021
  • 『The Civilizational Diversity and the Evolution of the Modern Civilization - Towards the Brain Functional Analysis of Civilizations』, ERISE Press, 2022